カーテンを開けた窓から入る薄曇りの陽射しで目が覚めた。 夏の始まりを告げる穏やかな風と霧雨に、ベランダに佇むアジサイの白い花がゆらゆらと揺らいでいるのが見えた。 ゆっくりと体を起こしてキッチンへ行き、いつものようにぼんやりとコーヒーを淹れながら、今日も同じく、ぼんやりとあなたを想う。 まだ、あなたと一緒に暮らしていたころ―― わたしは、まだ起き掛けで寝ぼけているあなたをぎゅっと抱きしめながら「おはよう」と声を掛けて♪ そのお礼に、あなたは、わたしがシャワーを浴びている間にトーストを焼いて、たっぷりのマーマレードと一緒に「深煎りだよ♪」と言ってコーヒーを淹れてくれた。 果肉の甘酸っぱさとブラックのほろ苦さが口の中で溶け合って、少しだけ大人になったような気がしたりして……。 そういえば、あれからわたしは、それまで好きだったキャラメルラテとブラックを交互にオーダーし始めたような気がする。 朝の通勤時には、一緒に地元の駅まで腕を組んで歩いて、ホームでの別れ際には、あなたの腕にあざとく胸をぎゅっと押し付けながら、「早く帰ってね♪」とおねだりしたり……。 帰りには、駅前のコーヒーショップや、ときに行きつけのヤキトリ屋で待ち合わせて、少しお酒も飲んだりして、夜はあなたの腕の中に潜り込むように眠ったり、夜更けにあなたを起こしたり/// ときどき、職場や友人関係で嫌なことがあった夜も、おなじ話を何度も繰り返すわたしに、あなたは温かいコーヒーを淹れながら黙って話を聞いてくれたし、最後にはいつも「頑張ったね…」と優しく肩を抱いてキスしてくれた。 休みの日には、二人でスーパーへ食材を買いに行って、あなたは大きくて重い袋を右腕に抱えながらも、わたしの肩に置いた左手でうなじを優しく撫でてくれたりして わたしは「にゃお♡///」とか、ふざけて甘えてみたり、引換券をなくしてクリーニングのおばさんに一緒に謝ったり……。 ――そんな楽しかったころの過去を思い出しながら、今日もキッチンにもたれ掛かったままコーヒーを啜って、ベランダで優しい雨に揺れる白いアジサイを見ながらあなたを想う。 あなたは、今、幸せですか? どんな風に一日を過ごしていますか? あれから、あなたがどうしているかは知らないけれど、どうか幸せでありますように。 だれと一緒にいてもいい、あなたが幸せなら、わたしも幸せ。 あなたは、わたしにたくさん幸せをくれたから――。 うん……わたしも、ブラックが好きだと言えるようになりました。
初めての夜――あなたは、可愛いなって言ってくれた。 あなたの艶めかしい愛撫は、すぐにあたしのカラダをぐちゃぐちゃに溶かして、あたしはあなたの海に揺れながらいっぱいになって、あなたにしがみつくのがやっとで、声を上げて泣いていた。 あなたのいる景色はどれも輝いて見える。あなたの笑顔、声、温もり、息遣い、言葉、問いかけの全てがあたしの原動力。 あなたの姿が映らない景色は、何の意味もないただの記号……。 あなたと手を繋いでいれば、あたしはどこまでも歩いて行けたし、呼び出されれば、いつでも何をしていてもスグに飛んでいって、あなたが来るまでひとりで何時間でも待っていられた。 逢えない日には、スマホの画面が光るたびにまっしぐらに駆け寄って確かめる♪ あなたの小さなアイコンが愛おしくて、違ったときはそれが憎らしくさえ思えた―― あたりの音がすべて途絶えて、しんみりと湿った雨音が子猫の甘え鳴きのように部屋にこもる。 あなたがのぞむなら、このカラダに流れる血の最後の一滴さえも残さず捧げる。 もし、あなたがあたしをキライになって「どうか、目の前から消えてほしい」と願うなら、もうどうだっていい、見事に消えてみせる。 だって、そうなったら、あたしの存在意義などないのだから。 だから、もしあたしのことがキライでないのなら、誰と一緒でもいい、あたしを踏みつけにしてでもいいから、どうかそばに置いてほしい。 叱られても、例えゴミ扱いされてもいいから、あなたの世界に在ることを許して欲しい。 そうじゃないなら、いっそ「もうオマエなんかいらない、どっかに行ってしまえ」と言われた方がマシ。 あなたがいないと動けない。もう逢えないかもしれないと思うと、息が苦しい。 だからお願い―― どうか今夜はあと少し、あと少しだけ、出来るだけの、ちょっとでもいいから、少しでも長く、傍にいてほしい。 そして、このままあたしがペチャンコになるまで突き上げて、はじけ散ってしまうほど押し潰して欲しい。 もっともっと、一緒にいたい―― あなたにすべてを満たされながら…… このままあなたの中に宿りたいと願う「おんな梅雨」の宵闇――。
なんとなく空を見上げるのは、今朝はもう何度目だろう? そこにキミがいるわけでもないのに、ましてやこの私を待っているわけでもないのに。シトシトと滴る五月雨の空を見上げながら、想い描くのはキミの笑顔♡/// キミは職場の同期……いや、少しだけ私の方が先輩だけど……いつも誰より私を気遣ってくれて、仕事で困ったときはさりげなくアドバイスもしてくれる。 ときには、(後輩のあの子も)一緒にランチを食べたり、休日に観た映画や芝居の興奮を、わざと興味なさげに振る舞う私に熱く語ってくれるし、私がヘマして落ち込んだ日には、終電ギリギリまで慰めてくれる。 そのくせ、打ち上げでは、気持ちが空回りする鬱憤のせいで少し飲み過ぎてしまったから、つい酔った勢いでキミの肩に寄りかかってみたのに―― ボタンひとつ外した私の胸元から目を逸らして優しく窘めるキミは、少しも寂しくないのかな? キミが見たものは何でも見たいし、触れたものは、たとえボールペンや消しゴムでさえ愛おしい。 キミのコイバナは耳が鳴るほどに聞きたいくせに、給湯室のたまり場で誰かがキミの話をするなり胸がきゅっと締め付けられて、そのたび私はハチミツたっぷりのゲキ甘なレモンティで胸の奥のつっかえを流し去ろうとする。 いつかキミが私をアツく見つめてくれたなら、決してもうそれ以上を望まない――とか言うそばから、そうしたらきっと私は、もっともっと先を期待してワクワクしちゃう♡/// あぁ、キミも私のように、こうして五月雨の空を見上げていたら、どんなにか素敵だろう♪ 雨だというのに、早くキミに会いたい一心で足早に出社する私は、まるで雨に恋する紫陽花みたい。 それとも私のこの浮かれた気分は、私だけのキレイな誤算なのかな? 梅雨はただただ、どの花にも分け隔てなく降り注いでいるだけ? 空に向かって「大好きだよ!」と大きな声で叫んだら、きっと虹色に煌めいてキミの目にも輝いて映るのかな? でも、そんなふうに大胆になれたら、とっくに私の心は梅雨明けして晴れ渡っているだろうに☆ あぁ、今日は何と言ってキミに気のない先輩づらをしようかな? そんなふうに結局、いつも自分の気持ちに素直になれない私は、やっぱり彩(いろ)が移ろう紫陽花みたい。
「ついて来りゃわかる」 そういって、ぶっきらぼうに背中を向けて歩き出したあなた。 後ろを追いかけるわたしを気遣うでもなく、かといって置き去りにするでもなく、絶妙に付かず離れずの歩幅で歩くあなたの背中に戸惑いながらも、むしろ心地良い潔さを感じながら歩いた夏祭りの夜。 普段の運動靴なら造作もないのに、着慣れない浴衣と草履で上るには少し段差のきつい階段。登り切った土手の先では、もう既に大勢の人々が集まっていた。 ピカッ、ピカッ! 突然の閃光に、はっと見上げる人々の顔が赤々と照らし出される。 拍子抜けのように、少し遅れて星空を引き裂くような轟音がドーンと鳴り響いて、思わずあなたの腕にしがみついてしまったわたしは、照れ臭さよりも、やっと追いついたあなたに寄り添えたことに、安堵の気持ちの方が大きくなって―― 思えばあのとき、わたしの恋は始まったんだなぁとしみじみと思う。 それからもあなたは、いつもぶっきらぼうで、わたしの都合なんかひとつも聞かずに、突然ひとりで決めて、いきなりわたしに突きつける。 「飲んでみりゃわかる」「食ってみりゃわかる」は当たり前―― 初めてお義父さんお義母さんにご挨拶に伺った朝も「会ってみりゃわかる」 「こんな子供のわたしが人の親になれるのか?」と不安で泣いた夜も「産んでみりゃわかる」 長い月日の中で、あなたに寄り添い続け、やがて子どもたちも人の親となり、ついに白布(しらぬの)の打ち覆いを顔に掛けられたあなたの最期を、こうして孫らと共に看取ることができて知ることができました。 随分と口下手なお人だなぁと思っていたけれど、先に何も教えてくれないのは、あなたがわたしのことに無頓着だったからじゃなくて―― 本当は、あなたにも先のことはわからずに不安でいたからですよね? それでも、その不安を明かさぬまま、わたしに強引に押し付けたのは、臆病で引っ込み思案なわたしを怖気づかせないようにとした、あなたなりの心遣いだったのでしょう。 「ついて来りゃわかる」 あなたのいう通り、ついて来たらわかりました。 いくつもの驚きと戸惑い、たくさんの感動と幸せ、そして、たった一つの「恋」を授けてくれて、本当にありがとうございました。 あなたについて来て、わたしは、本当に幸せでした。 ――でも、これからわたしは、どうしたらよいのでしょう? 「ついて来りゃわかる」 打ち覆いの下で、もう一度、あなたが声を聴かせてくれたような気がして……。 どこまでも優しいお人であったと、不安よりも安堵の気持ちで満たされてしまったわたしは、今でもあの日の土手にいて……。
霧の返り梅雨がむせぶ街の夜更け……半ば無理やり連れてこられたパーティ会場のテラスで、雲間からうっすら覗く月をぼんやり眺めながら、アタシは酔いを覚ましていた。 「――へぇ、意外とイイじゃん…」 何のことかわからず、眉をひそめながら振り返るアタシを、彼はぐいっと抱き寄せた。 「ノリが悪いヤツだなぁと思っていたけど……そうやって一人で佇む女も絵になるなぁ」 そういうなり、両手でいきなりアタシの顔を包んだかと思う間もなく、顔を近づけてきて口を塞ぐ。 「ん…」 抗う間もなく舌を入れられて、気が付けば捻じ込まれた舌に自然に応えていた。(だめだ……こんなんじゃ、抜け出せなくなってしまう) 出逢ったばかりなのに、なぜだかその唐突なアプローチを拒めない。戸惑うアタシの心の隙を正確に見据えて差し込まれる強引さに、いつしかアタシは彼の、なすがままを演じる女になろうとしていた。 「んぐっ……あぁ」 ちろちろと絡みつく舌の動きに、体中の力が抜ける。それでも、まるで宙に浮いているような心地がするのは、アタシが彼の腕にしっかりと抱きすくめられているからだ。 アタシのうなじを撫であげるように摩っていた彼の手が首の前に回り、その親指がアタシの顎を引きあげる。彼を見上げるように眺めるアタシの目はしっとりと潤んで、もはや抗う意思は露のように霧散しているのはバレバレだ。 頬から首を徐々に滑り降りてきたその手は鎖骨に沿って、いつの間にか胸の上に強くあてがわれる。 「……あぁ……」 重ねた顔の角度を変えて、舌を強く吸われながら遠慮なく揉みしだかれる胸の刺激が脳天を突き抜けて、アタシの中に強い切なさと愛おしさが同時に溢れ出す。 「だめ……」 うなじを、その口でねっとりと吸い上げるあなたは、耳元で意地悪に囁いた。 「……なにが?」 背中に這わせたあなたの手がアタシの腰をぐいっと絡めとり、ゆっくりとお尻を撫でながら太腿を降りて、ついには内腿に差し込まれる。 「……ここじゃ……だめ……」 拒否を装った催促を言うなり、くるりと反対を向かされたアタシを、今度は、後ろからきつく抱きしめながら、あなたは遠慮なく胸を揉みしだいて―― スカートの中にすっと忍ばせた手を下着の上から強くあてがうと同時に、その指をぐいっと突き上げる。 ――もうだめだ。 アタシは、あなたから抜け出せない女になってしまった。