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あらすじ
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カレと出逢ったのは、激しい雨が降る夜だった――。
仕事から帰ってきたある日の夜。私が住むマンションのエントランスの前で、ずぶ濡れのまま倒れ込んでいる青年がいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
素通りすることもできず恐々と声をかけると、その青年は小さく「寒い……」とうめき声を上げた。
不健康なくらいに真っ白い肌の青年が、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
(意識はあるみたいね……)
内心ほっとして、傘を差していない方の手を差し伸べる。
「立てますか? せめて雨が当たらない場所へ移動した方が――」
カレはゆっくりと身体を起こすけれど、途中で自分の身体を支えきれなかったように、フラッとこちらへと倒れ込んできた。
見知らぬ青年に突然抱き着かれたことよりも先に、その身体が異状に熱いことに意識が向く。
その時点でもう、このまま放っておくことなんてできなくなってしまった。
気づいた時には、青年のことを部屋に連れ帰って看病している自分がいた。
カレを看病した次の日。
久しく感じたことのなかった、香ばしいパンの焼ける匂いと、他人の気配で目を覚ました。
匂いの元を辿るようにベッドから起き上がると、昨夜看病してリビングのソファに寝かせたカレが、キッチンに立っている。
「お、おはようございます……。身体はもう大丈夫ですか?」
「はい。お姉さんのおかげでなんとか…ありがとうございました」
『お姉さん』と言う響きにむずがゆさを感じながら「いえ……」と言葉を返す。
ぎこちなく会話を交わした後、カレは「せめてものお礼に」と冷蔵庫に入っている物で朝食を作り、部屋の片づけをしてくれたと言う。
言われて見ると、仕事にかまけて長らく散らかしっぱなしにしていた部屋がスッキリと片付いている。
思えば、誰かが作ってくれた朝食を食べるのも久しぶりだと気づいた。
(冷蔵庫に大したものなんて入ってなかったはずなのに、こんなにちゃんとした食事……)
トーストとオムレツ、残り物の野菜が入った湯気が立ち上るスープ――
「美味しそう……」と思った瞬間、おなかがきゅうっと鳴った。
ありがたく、作ってくれた朝食をいただくことにする。
朝食を食べていると、カレは遠慮がちに口を開いた。
「ボク、住む場所がないんだ……お姉さんがよければ、しばらくここに住まわせてくれない……?
両親も友達もいないし……もう、お金も持ってなくて……」
思いがけない言葉に、頭がフリーズする。
「お、お金はないけど……その代わり、ゴハンも作るし、掃除や洗濯など家事全般は全てするから! お願いします」
「もう、頼れる人が他にいなくて……」と必死に訴えかけてくるカレ。
「こんな得体のしれない男を部屋においても大丈夫なの?」と冷静に考える自分もいたが、カレの必死な様子に、思わず「いいけど……」と言ってしまっていた。
「ホ、ホント……?」カレの顔がパッと輝く。
「少しの間だけなら……あと、変な事したらすぐに追い出すからね?」
念を押すように言うと、カレは「ん…分かった」と素直に頷いた。
「ボク……レイジって言います。しばらくの間、お世話になります」
そう言ってカレは、まるで花がほころぶように笑った。
「今日からよろしくね」
握手を交わしたカレの大きな掌は、やけにひんやりとしていた。
***
カレと同居を始めてからかなりQOLが上がった気がする。
これまでは仕事を理由に不摂生な生活をしていたのに、今では家に帰れば温かい手料理が用意されていて、お風呂も沸いていてなにもしていないのに部屋はいつもスッキリと片付いているという、贅沢な暮らしっぷり。
そしてなによりも……カレに柔らかな笑顔で「おかえりなさい」と言われることが日々の癒しとなっていた。
同僚にも「最近、調子よさそうだね!」と言われるくらい、生活の質が上がったことで、目に見えてエネルギッシュになっているらしい。
そのはずなのに……
このところ、毎晩のように悪夢にうなされて、スッキリ目覚めることができない日が続いていた。
ある夜のこと。
ふと悪夢にうなされながらも、めずらしく目を覚ますと、私の上に馬乗りになり口元に『赤い何か』をつけたカレの姿があった。
「! ごめんなさい……っ!」
カレは弾かれたようにベッドから飛び降りる。
襲われていたかもしれない、と思うより先にカレの口元についた『それ』が気になってしょうがなかった。
「それって――もしかして、私の血……?」
かすかにこわばりを感じる自分の首筋に手を当てながら問いかけると、カレは観念したようにうなずいた。
「……ボク、実はヴァンパイアなんだ」
(え……?)
「ヴァンパイア……って、お伽話とかに出てくる、『あの』ヴァンパイア……?」
「……うん。そうだよ」
カレはその言葉を皮切りに、
『人間の血を主食にしていること』
『人間の食事は食べられないこと』
『夜な夜な私の血を吸っていたこと』
そして――『最初から私の血が目的で一緒に暮らし始めたこと』
すべて、ありのままを話してくれた。
現実離れしたことばかりを伝えられていると言うのに、カレの話を聞きながら、自然とその事実を受け入れてしまっている自分がいた。
(どうりで一緒に食事をしたことがないわけだ……)
ぼんやりとそんなことを思いながら。
「ちなみに、血を吸われてた私ってどうなるの……?」
カレがずっと悲痛な表情を浮かべているのを見ると、これが全部現実のことなんだろうと理解する。
と同時に、カレならちゃんと本当のことを話してくれるような気がして……ふと率直な疑問をぶつけた。
「もしかして……私も、もうヴァンパイアになり始めてるとか?」
「安心して。キミは人間のままで変わらないから。ヴァンパイアって言っても、正確には――ボクは人間とヴァンパイアのハーフなんだ。
だから、吸血した相手もヴァンパイアになることはないし、眷属(けんぞく)にする力もないの。勝手に血を吸われたことを悟られないようにするために、副作用で悪夢を見るヒトはいるみたいだけど」
「そ、そうなんだ……じゃあ、あなたの言いなりになっちゃうことも、ないってことだよね?」
私の言葉にこくりとうなずいたあと、「今まで勝手に血を貰ってしまってごめんなさい」と深く頭を下げた。
「知られちゃったからには、もうここにはいられないよね……」
カレはそう言うと、すぐに荷物をまとめだした。
カレにこんな秘密があったなんて……正直、まったく怖くないと言ったらウソになる。
でも、ここでお別れしたら、もう二度とカレに会えない気がした。
――そう直感した直後、湧いてきたのは『カレと離れるのはイヤ』という率直な気持ちだった。
「……っ、待って!」
部屋から出ていこうとするカレの手を掴み、慌てて引き留める。
「!?」
「あなたが包み隠さず言ってくれたから、私も言うけど――」
首を傾げながらも、カレがこくりと頷く。
「実は…あなたが一緒に住むようになって、本当に助かっているの。家事をしてくれている分、仕事にも集中できるし、健康的な生活もできてる。だから……」
「ボク、これからもここに住んでいいってこと……?」
「う、うん……。今、勝手に出ていかれるのは私が困る……」
口ごもりながら伝えると、カレは驚いた様子で立ち止まった。
「どうして……そんなに優しくしてくれるの?」
「どうしてって……それは――」
「勝手に血を吸っていたんだよ? 悪夢を見るだけじゃない――悪夢の中の世界に囚われて、目覚めない可能性だってあったんだ。イヤにならないの……?」
「……イヤじゃ、ないよ。正直、少し怖いけど……でも、私はあなたが誠実で優しいってこと、もう知っちゃってるから。あなたにされることなら、イヤじゃない」
素直な気持ちを伝えると、カレは一瞬目を見開いてから、噛みしめるように「そっか……」と呟いた。
たたみかけるように「次からは一言断ってくれたらいいから」と言ってしまう。
必死になってカレを引き留めている自分に気づき、カレに抱いている感情の名前を自覚する。
(家事をしてくれるからじゃない……いつからか、ただカレに「おかえりなさい」って出迎えてもらえるだけで毎日頑張れてた。それくらい、カレのことが「好き」になっていたんだ……。だから……たとえカレが人間じゃないとしても、もう離れたくない)
「今までも気づかなかったし、少し血を分けたからって死ぬってわけじゃないんでしょう?
ヴァンパイアにも――えっとケンゾクだっけ? それにもならないみたいだし……少しくらいなら……」
引き留めていた手をさらにぎゅっと強く握る。
すると、私の手を両手で包み込むようにカレの手がそっと重なった。
「ありがとう……!ボク……ヴァンパイアのコミュニティにいても上手く馴染めなくて……こんなに誰かと一緒にいるって、キミが初めてなんだ」
そう言ってふわりと微笑んだカレに、胸がきゅっと締めつけられる。
……自分はどうやら、カレのこの表情に弱いみたい。
***
それから、カレが望んだ時に血をあげることになった。
「あの……今日、欲しい……デス」
カレからの『吸血させてほしい』の合図に、毎回ドキドキしてしまう。
「う、うん……いいよ」
「ありがと」
首元を少しだけゆるめると、おずおずとカレが顔をうずめてくる。
「――じゃあ、あぁ…えっと、イタダキマス♡」
カレが毎回律義にそう言うたびに、首筋に吐息がかかり、背筋にゾクリと甘やかな電流が走る。
鋭い牙が肌に触れて、一瞬だけチクリと痛む。
痛みがあるのは一瞬だけで、そのあとは熱に浮かされたように全身が火照り、身体を貫かれるような激しい快感に襲われていく……。
まるで自分じゃなくなってしまいそうなくらい頭がクラクラするのに、それをずっと感じていたいほど気持ちよく感じて……。
甘く切ない快感に身を委ねるのが、怖いと思いながら――
それと同じくらい、その感覚に溺れている自分がいた。
「ゴチソウサマデシタ……ありがとう♡」
カレはそう言って、おでこに小さくキスを落とす。それが『吸血』を終える合図になっていた。
こうやって血をあげるようになってから、もう悪夢を見ることはなくなっていた――…
***
ある日、
帰宅するとマンションのエントランス前で、男性同士が激しく喧嘩しているような声が聞こえてきた。
遠巻きに見ていると、その中の1人がカレであることが分かる。
――しかも、傷だらけの姿で。
「レイジ……!?」
思わず声をかけると、もう片方の男性はギクリとしたように、慌ててその場から立ち去って行った。
「迷惑かけてごめん……ハンターに、ボクの居場所がバレちゃったみたい」
部屋にあがって手当てをしている最中、カレはそう言って「ごめんなさい」と呟いた。
「その、ハンターって言うのは……」
「ボクたちヴァンパイアを排除するためだけに存在してる狩猟組織。ときには手段を問わないって言われるくらい。……それくらい、過激な集団だってことらしい。もし、一緒に暮らしていることがバレてるとしたら、ボクを匿った罪でキミも何をされるか分からない……」
手当てが終わると、カレは感情を削ぎ落したような顔で言った。
「――もう、ここにはいられない。これ以上一緒にいたら、キミにも危害が及ぶかもしれない。それだけはイヤなんだ」
なりふり構っていられないというように、今すぐにでも出ていこうとするカレを慌てて引き留める。
「ちょ、ちょっと待って……! 理由は分かったけど、そんなすぐに出ていかなくても――」
「ダメ。もう一秒だって猶予はない。キミだって怖い目に合うのはイヤでしょう?」
「っ……! ハンターなんて怖くない! それくらい、あなたのことが好きなの……!」
咄嗟に溢れ出てしまった私の言葉に、カレが大きく目を見開く。
(あなたと離れることに比べたら、この先どんなことが待ち受けていようと、怖くなんかない……っ!)
「だから……そんなに私のことを想うなら……そんな、そんな簡単に出ていこうとしないで……っ! ハンターのことなら――」
私の言葉を遮るように、カレが「それだけじゃないんだっ!」と震える声で言った。
「ボクも、キミのことが好きだよ。だからこそ、もう一緒にはいられない……っ!
好きなヒトの血って、とんでもなく美味しく感じられて病みつきになってしまうんだ。
いつか歯止めが利かなくなって、欲望を抑えられないままにキミの血を吸い尽くしてしまう時が来るかもしれない。
正直――今だって、ギリギリなんだよ……っ」
「ホントは、ボクだって離れたくなんてないよ……一番近くで、キミのことを大切にしたい。でもボクが離れることでしかキミのことを守れない――お願いだから、分かってよ……」
ぐにゃりと顔を歪めながら俯くカレに、熱い気持ちが込み上げてくる。
(カレは私のことを想って、出ていくことを決めたんだ……)
「分かった……でも、最後に1つだけお願いがあるの」
子供のように頬を涙で濡らしたカレが、ついと顔を上げる。
「一度だけでいいから、あなたとの思い出をちょうだい……」
――カレの冷たい唇が、初めて私の唇に触れた。